本書は、織田信長を主人公にした歴史小説です。

タイトルの「アヅチオウカンキ」という響きが気に入ったので、読み始めました。

信長が居を構えた岐阜の安土城を舞台に、戦乱の模様が描かれています。
物語の語り手はイタリア人のキリスト教徒に設定され、異文化・異国人の視点から信長像が綴れています。

その信長像は「事の成ること」に、集中してエネルギーをかけるという人物像です。

自己に課した掟に一貫して忠実であろうとし、その掟とは「理に適う」ということであった。
事の道理に適わなければ、決して事は成らない、と信じていた。
それまでの考えが、もし「理に適わなければ」、躊躇なくそれを捨て去った。
中途半端な無駄口は叩かず、起床や就寝時間、馬術の訓練、執務、戦術研究など寸刻も狂うことなく続けられる日課。
たとえどんなに興が乗ろうと、一定の時間がくれば、なんの未練もなくその日課をやめ、規則正しい簡素な生活を貫く。
野山を疾駆して作戦を指揮し、飾りの無い単純な衣服を着用するのも、それが、ただ、「事が成る」のに適していたからだ。

他方で、新規の技術には柔軟な理解力と好奇心をもち、数理的な明晰さを好んだ。
空疎な空念仏ではなく、実際に物事を動かしうるような知識を求め、事を成すために、理に従うことに徹する。

本書を読んで思い浮かんだのは、「克己」という言葉でした。
虚飾を排し、絶えず自己を駆り立てる、その直線的な生き方は、決して真似することは出来ませんが、簡潔明瞭な力強さを感じます。

近世に生きた、近代人を描いたような1冊でした。